2008年10月19日

遠藤CP講演 その2

ちまちまと進行中の遠藤CPの講演会のメモです。

ヒロインが落語家を目指すことや、
福井の舞台や登場人物についてなどです。

ほんとお待たせして申し訳ないです。

その1から続きです。


割と初期の段階で、ええと話はね一気に2ヶ月くらい戻るのですが、朝ドラをやれと言われた時に脚本家自分で選んでいいですかということ訊いて、それでその打ち上げ撮影が終わったその日の夜の打ち上げの中、自分の席に戻って藤本さんに電話して「藤本さん再来年の朝ドラやりませんか」と言ったら「はぁー(藤本)」みたいな「朝ドラですか(藤本)」「いやー、そうなんです、来年10月の(遠藤)」で、藤本さんその場で「書きますよ」(会場どよめく)「そうですか、また電話します(遠藤)」(観客笑い)で打ち上げに行っちゃったということがあったんですけど。


その前に藤本さんと1本お仕事したことがあって、その時にですねちりとてちんでやろうとしていたようなことのカケラは、実はみんなそのドラマでやりまして、土曜日の9時からやっていた少年向けのドラマで「ブレーメンの音楽隊」というドラマをやったんですよ。
その時に、やっぱりなんか後ろ向きな女の子、新しい土地に転校してきてとかですね(観客笑い)、段々仲間たちと前向きな人生歩んでいきましょうとそういう話だったんです。まあそんなようなことを1回やったことがあったんで、是非やりましょうと声掛けたんです。

そんな落語マニアな藤本さんなので、割と初期の段階で「落語家という手はありますかね」なんて言ったんですけれども、藤本さんはその場で「いや、落語家は無いな」と、それはね要するに好き過ぎると、あまりに落語が好きなので全然客観的になれませんよと、それで突っ走ったら全然落語好きじゃない人には分からないドラマになっちゃいますよと「やっぱり芸道ものというのは共感得られないと思いますよ(藤本)」「それもそうですね(遠藤)」と言ってそのまま立ち消えたんですよ。

どうしようと思ってたときに、たまたま読んでた、本屋に行って読んだ本が落語家が主人公の本だったんですね、で上方落語面白いなと思っていたらテレビのニュースで繁昌亭が出来ますよと「繁昌亭という大阪戦後初の常打ち小屋が9月にオープンすることになりました」というニュースを見まして、僕それ見て「小屋無かったのか!」と思ったんですよ、あのう上方落語というものがあることは知ってますし、桂三枝師匠とか有名な方が東京にもいらっしゃいますし、そりゃ大阪は落語盛んなんだろうなと思っていたのに無いということが分かり、でなんかちょっと興味を持って調べてみました。それがなかなか面白い。
落語好きな方にとっては全く当たり前のことなんですけど、今でも落語家になるには落語家さんに弟子入りするしか方法が無いわけですね、プロになるのに弟子入りしか方法が無いという業界という今もう結構少ないわけじゃないですか。
たとえばお笑い芸人も今は学校で養成された人とか、コンテスト優勝してきた人とかが多いですよね。でもいまだに落語はそういうのが無い、弟子入りしないとプロになれない、弟子入りすると、師匠の鞄持ちをして、噺を教えてもらって落語家になるというね、「これはなかなか大変なところだな」と思って、朝ドラって昔は女性が仕事をするだけでドラマになったんですよ。

「女性が働きに出たい」と言って周囲の反対を押し切って仕事に就きます、がんばりますと言えば十分ドラマになった時代というのもあったんですけれども、それも当たり前の世の中になりまして、そして一時期ですね、あんまり女性が進出していない仕事に就くヒロインという時代があったんですよ。大工とか、弁護士とかね、そういうところで女性が進出していくのがドラマチックであるという時代があって、それもなんとなくもういいだろうという感じになって、最近はもう仕事の内容が珍しいということではドラマにならない時代になってきたわけです。

そんな時に、まだまだあるじゃないですか、女性落語家はいないよね珍しいよね、そして弟子入りすると大変だよね。これ面白そうじゃないですかと思いまして、藤本さんともう一回相談してみたんですね。塗箸職人の家に育ち大阪に出てきて、なんか華やかじゃないかなと思って落語家の家に弟子入りしたら、雑巾掛けからやらなければならない、そして落語家になろうと思って頑張り、ついは大阪に常打ち小屋を建てるという話はどうですかね。(観客爆笑)なんじゃそりゃみたいな。(観客爆笑)
でも、その時に藤本さんと話したのは、僕が最初に言ってたみたいな“長いこと受け継がれてきたものを渡していく”という只中に自分たちがいるんだというような感覚をみんなが持ってくれるドラマがこれなら出来るんじゃなかろうかと、で藤本さんが落語家をやることを反対していたのは、落語家になるぞと邁進する話ではなく、そういった苦労をしていくことで段々自分が育った環境への感謝ですとか、親が教えてくれたこととか先輩が教えてくれたことというのがとても大事なことなのだなということを段々感じていく話だったらいけるのではないかなということになりました。
長かったですね、ここまで喋ってるだけで30分掛かりました(観客笑い)最後までいかないですね。(観客笑い)


ちりとてちんの一番の、みなさんが面白いと思うであろう核は、基本的には藤本さんのオリジナルのアイデアで「エーコとビーコの話」とか「面白いお母ちゃん」とかというのは藤本さんが編み出したことなんですが、そうやって面白くしていけば、最初言ったみたいにあんまり声高に伝統伝統と言わなくても、なんとなくそういうことが大事に感じられる話になるかなと、そこまでにざっと3、4、5、6、7、8、半年くらい掛かりました。半年間喋りました。(観客笑い)

で、この辺くらいまで出来たところで一回合宿をしたんですよ。僕と藤本さんと監督の伊勢田この3人でホテルに泊まりました、3日くらい。それでどんなキャラクターが出てきたら面白いのか、どういう話にするのかとかみたいな、合宿をしましておおよその枠を決めました。そこでだいたい企画が出来たところで東京のドラマ部にこういう企画でやりたいんですとプレゼンに行くわけですよ。
実はそのプレゼンも最初ではなくて、その前に3本くらいダメになってるんですね。だからちりとてちんという企画に辿り着く前に死んだ企画が3本くらいあるんですけれども、それもね、ちりとてちんの中に微妙に入ってるんですね。(観客笑い)
そのうち1本は「徒然草」で、徒然草を題材にやろうという話があって、それから高校生のときに体育祭で酷い目にあうシーンを入れようみたいな、とにかくそれが着々とちりとてちんの中に取り込まれていったわけですね。


それで東京にプレゼンに行ったときに書いたメモがあるんで、ちょっとお見せします。これ写真撮らないでくださいね。
(スクリーンに手書きメモ、左側が福井の舞台や登場人物、右側が大阪の舞台や登場人物について)
これ全然後ろの方読めないと思うのですけれど殴り書きで申し訳ありません、大阪から東京に行く最中に新幹線の中で書いたんですよ、だからものすごい走り書きで汚いんですけれども、これを手元に置いて東京の偉い人を前で説明をするというようなデモがあってね、これ今見ると全然違うことと、最初からこう決まっていたことがいろいろあるんですけれども、まず日付ですね2006年10月12日ちょうど2年前、ほんとに2年前だよ(観客笑い)

でまだタイトルが無いので19年後期朝ドラプレゼン用メモと。
まず福井の世界がありますよと、福井を舞台にしたいなと思いまして色んなテーマを調べました。その時に「働くお母さんが多い」女性の就業率が2位で、三世代同居率がすごく高い、そういう土地柄ですよと、貯蓄額が日本で下から2番目とか3番目とかあまり裕福ではありませんと、みんなが働いてみんなが一緒に住むんですよというのが福井という舞台のメモですね。
で小浜町というところがありまして若狭湾に面した漁村なのに日本一の塗箸があります。そしてね、置屋が今でもあるんですよ芸者さんもいるんです。僕小浜に行ってですね三丁町行って、もしかして小浜に行かれたことある方いらっしゃいますか?それはちりとてちん見てから?ありがとうございます。(観客笑い)三丁町行かれましたか?あそこ歩いてると三味線の音聞こえてきたんですよ、三味線の音がするこれは何だと、芸者さんだ、芸者さん80歳くらいなんですよ。(観客笑い)

でもこう行ってみるまでね日本海の、失礼かもしれませんが、果ての町で日本の8割の箸を作っていて置屋が成立するということがよく分からない、しかも現役の芸者さんがいると、なんじゃそりゃと。まあそういうなんかちょっと不思議な場所がね、現代日本から失われつつある風景がいろいろありますよと、いうようなことが福井について書いてあります。
ここに塗箸を生業とした家族が住んでいて、ここにヒロインがいます、でもうここにビーコ、エーコと出てきます。これは藤本さんがこの時にもう「主人公はビーコって言うんですよ」って「ビーコですか…(遠藤)」(観客笑い)
あのう、ガイドブックが出た時に藤本さんの文章ごお読みになった方いらっしゃいますか?もし読んでおられない方は、まだガイドブック売ってますので、(観客笑い)立ち読みでもかまいませんので。その中でも藤本さん文章書いていらしていて「ビーコという少女が長いこと自分の中に住んでいました」というね、実はね「いつかは朝ドラを書くぞ!(藤本)」と思っててその日が来たらビーコについて書きたいとずっと思ってたらしいんですね。

でビーコが主人公です、その親友にエーコがいます、同じ名前なので周囲からAとBで区別されて、ヒロインより優秀ですというようなキャラクターが書いてあります。
母と娘についてやるんですよということがここら辺に書いてあって、これ遠くの人方は読めないと思いますが「小さい頃から母はガサツで大雑把で鬱陶しいと思っている(観客笑い)だが社会に出てみてそのバイタリティーや自分への愛を再認識し『お母ちゃんみたいになりたくない』から最後は『お母ちゃんみたいになりたい』」(どよめく会場)
これはスタートの、企画スタートの根源の一言になっていて、これは最終的にこのままセリフになったわけですけれども、つまり自分が鬱陶しいと思っていたさっきで言うバトンですよね、やっぱり親って鬱陶しいじゃないですか、自分も覚えがありますが、母親はありがたいけど鬱陶しいというものについて、でもそれはありがたいなといういうことを26週かけてやるんですよということがここに書いてあります。

でお母さん、おばあちゃん、お父さんとキャラクターメモがあります。でここをよく見ていただきますと姉と妹があります。当時はね三姉妹でスタートしてるわけです企画は、なんですけれども、いくつか話を組み立てていく中でこの姉と妹のキャラクターが順ちゃんと正平に振り分けられていきます。(会場は感嘆の声)当時は姉がわりとこう悟ってて良きアドバイスをくれて冷静なんだけど出来ちゃった結婚しちゃうみたいな(会場「あぁ」)という役割を果たしていたのですが、まあエーコの他にも友達がいるよねとかいろんなキャラを作っていく中で段々話が複雑になっていき、途中で何かを統合しないと、何がなんだか分かんなくなってしまいそうだなということになって、いなくなってしまった。
でこの時点ではもう「祖父は冒頭だけ出てくる」(観客爆笑)なんて書いてあります。

こんなヒロインが大阪に出て行きますと、これ真ん中で切れてますけどA4の紙2枚に書いているからなんですよ、でかいA3の紙じゃなくてA4の裏紙に書いていたもんで、あのねこの辺に模様がありますけど、すいません裏の文章が映ってるんですよ、こんな大事なもの裏紙に書くなよと、当時は大事だと全く思ってないのでその日使うだけのメモだったので。
こっち側が落語世界…

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

このあと大阪の舞台の話がつづきますが、
とりえずここまでで、スミマセン。


このメモを書いてて、
とある部分でなんか泣いてしまいました。

何度も聞いてる話なんですけどね
やっぱすごいね。


その3はこちらからどうぞ。

posted by そまり at 21:59| Comment(7) | TrackBack(0) | ちりとてちん関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いやぁ、凄い!本当に凄い!の一言!
遠藤CPの朝ドラにかける思い、そして、藤本さん…。伊勢田監督との合宿や東京でのプレゼンのお話まで、本当に愛溢れています。(そまりさんの「ちりとてちん」に対する愛も強く感じますよ!)
これからは、涙涙のお話でしょうか?
いやぁ、ちりとてちんの展開と同じですね。
この感動をかみしめて味わっていますので、続きはゆっくりとアップを…。

本当に凄いレポート有難うございます!
Posted by しがず at 2008年10月20日 02:19
いやぁ、凄い!凄い!の一言!
遠藤CPの「ちりとてちん」への愛が溢れていますね。そして、藤本さん…。監督の伊勢田さんとの合宿は凄かったのでしょうね。
感動の裏舞台に感動〜です。

そまりさんの「ちりとてちん」への愛も強く感じます。素晴らしいレポート有難うございます!

この続きは涙涙の展開なのでしょうね。
しばしこの感動をかみしめて味わってますので、ゆっくりアップしてくださいませ。

本当に本当に凄いレポート有難うございます!
Posted by しがず at 2008年10月20日 02:29
しがずさん、こんにちは〜

遠藤さんは聞いてる人たちを楽しませようとサービス精神旺盛だったので、講演会は基本的に楽しい雰囲気で、時々これまで知られていなかったようなことが出ると「おぉー」とどよめいたりしていました。
なのでこの後のお話も実は涙、涙というものではないんですよ。

ただ私は講演会のときに遠藤さんの話を聞いていて「ちりとてちん」というドラマはちゃんといろんな塗り重ねの上に成り立っていたのだなぁなどと思ったら、なんか目頭が熱くなってしまいましたという状態でした。



どうでもいいことですが、逆の意味で瞳とかいうドラマのCPのお話も聞いてみたくなりましたよ、どうやったらあんなドラマが…(^^;

Posted by そまり at 2008年10月20日 12:49
そまりさんご苦労様ですm(__)m。
ご自分のペースで十分、お陰様でその場に居たように・・・情景が目に浮かんで来ます。

しかし本放送の1年前には基本プロットが決まっていたんですねぇ。

ところで藤本さんの中のビーコはどんなビーコだったのかしら?

視聴率が伸びなかった原因の一つがこのビーコ、誰しも思い出したくも無いビーコの一人や二人を抱えており・・・・今だから自分の失敗を笑える人は熱狂、まだ受容出来ない人は拒絶に走った・・・・と私は思ってます。




Posted by レイニー at 2008年10月20日 13:16
そまり様 先日は初めてのコメントなのに「はじめまして」あいさつもなくすみませんでした。あまりのすばらしいレポートに興奮してつい書き込んでしまいました。
今回も遠藤CPの講演を自分も聞いているような気持ちで読ませていただきました。朝ドラを作るというのは本当に大変なことなのですね。撮影をスタートさせるまでのご苦労がひしひしと伝わってきました。
そまり様 つづきを楽しみにしております。ゆっくりお書き下さい。
Posted by ハチコ at 2008年10月20日 14:19
レイニーさん、こんばんは〜

>しかし本放送の1年前には基本プロットが決まっていたんですねぇ。

そうなんですよね、最初から“喜代美がお母ちゃんみたいになる”ドラマだったんですよね。

>視聴率が伸びなかった原因の一つがこのビーコ、誰しも思い出したくも無いビーコの一人や二人を抱えており・・・・

まあ視聴率に関しては、“くよくよ暗い陰気な子”が一般受けしなかったこともあるかもしれませんが、(^^;
やっぱり「ちりとてちん」が朝の時間帯に何かしながら見るという視聴スタイルには合わない緻密な計算の上に作られたドラマだったことも大きいのかなぁと思ってます。

Posted by そまり at 2008年10月20日 21:26
ハチコさん、こんばんは〜

>「はじめまして」あいさつもなくすみませんでした。

ご心配なく、コメントで十分お気持ちが伝わってきてましたので大丈夫ですよ。(^^

遠藤さんや藤本さんたちがしっかりと土台を築いていたからこそ「ちりとてちん」という素晴らしい作品が出来たんでしょうね。



Posted by そまり at 2008年10月20日 21:39
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